■毛利館長は仕分け人を圧倒
新聞記事には「毛利館長も防戦一方」というように書かれていますが、まったくの間違いです。
毛利館長は開口一番、大きな声で財務省の指摘を圧倒し、あっという間に議論を自分のものにし、そのまま何も失わないばかりか、大きな果実まで持って帰りました。完勝です。
最初の論点は、財務省がしてきた「日本科学未来館は、大幅赤字」という指摘です。「国の事業に対して、赤字という概念を持ち込むこと自体が間違っている。国が小学校の経営に税金を投入することを赤字というわけがない!」と一刀両断です。実に気持ちがいい。返す刀で、「これは日本国の未来のためにやっている事業で、科学によって日本が未来を切りひらくことを示し、実現するための事業であって、未来への投資としてこれほど重要なものはない」と主張し、全員をそれだけで納得させました。
最新科学を投入した10億円規模の投資についても、「これをつくったおかげで世界中のVIPが来て、各国に報道された。パブリシティ効果だけで軽く改修している」と主張。さらに、入場者数の伸びのグラフを示して、「この不景気に、これだけの入場者数増と収入増をもたらしたのだから、実績は十分」と努力の大きさをアピール。仕分け人は刃が立たない圧倒的な論理展開でした。
ではなぜ、減額になったのか。実は実質的に減額にはなっていないのです。未来館の運営には、もうひとつ別の法人が下請けに入っているのですが、これがコスト増になっている上に、下請け法人の人事権が毛利館長にはなく、最適配置ができない。別法人があれば、その法人の役員報酬や管理コストが発生して、二重コストに成り、これがムダの温床になる。そこで、この二重構造を廃止、官庁直下に一括すれば、コストは削減でき、毛利館長はコントロール権を手に入れることができる。
実は、この二重構造の問題は3年前から毛利館長が文科省に訴えていたのに、変更できなかったのです。もともとは自民党政権が「民間に仕事を任せる」という方針をだし、その一環でまる投げされていた管理運営でした。結局、これがムダの温床になっていたことが明らかになり、今回、ここの是正を指摘して、減額、というのが仕分けの結論です。
仕分け人からは、「毛利館長にもっとたくさんの予算を預け、どんどん仕事をしてもらうべきだ」という意見も出るほどで、新聞報道とはだいぶニュアンスが違うのです。
実際、毛利館長の説明に対して、蓮舫議員からは「今回の仕分け作業ではじめて、本来聞きたい説明が聞けた」と絶賛していました。仕分け人は、その分野については必ずしも専門ではないので、きちんとした論理展開で説明されれば、突っ込みにくいのです。
説明のうまい人っていますよね。以前から説明がうまいなぁと思う人がいまして、今日その人の発表を聞いて、しみじみすごいわーと思いました。
その場にはホワイトボードがあったのですが、
1. ポイントをしぼって書くことができる(だらだらと長ったらしく書かない)
2. 説明する事柄について的確にグループ分けできる。(今から3つのことについて説明しますといった感じで)
3. グループ分けして、それからひとつひとつの特徴を説明。
4. グループに入らないイレギュラーなもの、例外についても説明。
5. 図や表、絵が書ける。
6. 説明がくどくなく、語尾がはっきりしている。
7. 説明の間、迷うことがない。
8. 聞く人の様子をだいたい把握している。(説明する人一人で突っ走っていない)
9. 話に流れがある。行ったり来たりしない。
10. 難しい言葉を使わない。
11. 専門用語には説明もプラスする。
12. 声の大きさが適当によい。早口でない。
思い出しながらざっと書いてみましたが、こういったことを気をつけたら説明上手になれるのかなぁと。
おそらく伝えたいことがその人の中で明確なのだと思います。
どういう風に説明しようか頭の中で何度もシュミレーションしたということもおっしゃってました。
説明のうまい人の特徴ってこんな感じ。 - かみんぐあうとっ (via rono23) (via pcatan)
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まんまスティーブ=ジョブズのプレゼン手法
ブラックジャックの名言
「星は一等星から六等星まである。
六等星は見えないくらいかすかな星のことだ。
だが実際は一等星より何十倍も大きな星かもしれない。
世の中には六等星みたいな人がいくらでもいる。」
「たいした奴だな簡単に5人も死なせるなんて、
こっちはひとり助けるだけでせいいっぱいなんだ」
「剣に頼る者は剣で死ぬ。お前はそれでもメスをとるのか?」
「死ね!この自然の美しさが分からん奴に生きる資格などない!」
「流れ星になって毎日消えていくように見えても
星の数はいっこうにへらない」
「病気ってやつは星空みたいなもんだねえ なァ妹さん」
「人間はバカだ。それに気づいてもまだやってる」
「五千万円よりも心をこめて
おごってくれるラーメンのほうが満足だ」
「あなた方は賭けてないのか!
我々は神じゃない。人が人を治すなら、賭けるしかないでしょう!」
「私は見かけの姿なんて興味ないよ。どうにでも整形できるからな」
「何をしょげている。お前は私の奥さんじゃないか。
それも最高の妻じゃないか。行こう。患者が待ってるぞ」
散々メディアで「もう限界だ」だの「がけっぷち」だのと叩かれていた朝青龍が
あっさり優勝してしまった件。
普通の日本人には、叩かれると萎えてしまう傾向がある。
最近の首相が就任前と就任後で顔つきが変わるのもそうなら
亀田兄弟のトンパチぶりがすっかり影を潜めてしまったのもそうだ。
(そういう意味では、例外はホリエモンくらいか)
そこいくと、ドルジはやっぱり凄い。
殺人予告に対しても「オレが殺す」と返して、また協会に怒られるくらいだから
もう精神構造からしてタフさが違うんだろう。
そういう強さの部分は、正直羨ましい気がする。
そういえば先日、通っているスポーツクラブで、全トレーニングマシンのウェイトMAXで
ガンガン動かしてる熊みたいなのがいて、誰かと思ったら某力士だった。
幕内の下の方でアレなら、横綱クラスならもうモビルスーツみたいなもんだろう(笑)
Doblog - Joe’s Labo - (via ssbt) (via saitamanodoruji) (via petapeta) (via kml) (via konishiroku) (via fialux) (via vmconverter)
2009-01-27 (via gkojay)
しかもまだ29歳…(2009年現在)
(via budda)
(via otsune) (via ichimonji) (via wideangle) (via scudroid) (via pedalfar)元ネタなのですが。こんな話を、ずいぶんと昔に聞きました*1。
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ある男が腹を空かせていた。
そこで、まんじゅうを一つ食べた。でもまだ空腹は満たされない。
二つ目のまんじゅうを食べた。でもまだ空腹は満たされない。
三つ目まんじゅうを一つ食べた。ようやく空腹は満たされて、男は言った。
「なんだ。はじめから三つ目のまんじゅう1つだけを食べればよかった。
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これがどれほど愚かな話かはわかると思うのですが…本当に理解できているのでしょうか?
使っているフレームワークの、関数の、システムの裏側はブラックボックスのままでよいです。
別に普段、HTTPやSMTPやその他プロトコルについて考え思いを馳せる必要もないです。
メモリとかCPUコストとかを意識する必要もありません。
ちゃんと学び理解しているのなら。
ブラックボックスは必要なら開いてホワイトボックスに出来るからこそ「必要な時までは」ブラックボックスでよいのです。
最低限一度以上はきちんとRFCを読み、また必要であるならいつでもそこに立ち返る事が可能であるからこそ「今この瞬間は」別に考えなくてもよいのです。
必要であればメモリ的にタイトなコードが組め、CPUがどう動いているかを理解し考察し、そのために必要なコードに置き換える事が出来るからこそ、「そこまでタイトな要求でなければ」そこまでを意識しなくてもよいのです。
やらない事は時として非常に大切ですが。
「出来なくてもよい」わけではないのです。
大切なのは「出来るけどやらない」。切り札は切らないためにあるものですが、同時に「それを持っている事」自体が交渉において強い圧力となるのです*2。
そうして、そうした基礎を学ぶためには、結局の所「結構泥臭い基礎」が必須かつ不可避なのです。
「メモリなんか意識しなくても大丈夫」「コンピュータアーキテクチャなんかわからなくても今は問題ない」その他諸々。とんでもない誤解です。
基礎が出来ていなければ、便利さの裏側にある「不便さ」を知らなければ、結局その先を十分に享受する事は出来ないのです。
一つ目と二つ目のまんじゅうを食べたからこそ、三つ目のまんじゅうで「満腹」という幸せを享受できるのです。
あなたは。
ちゃんと基礎を、裏側を、背景を知り、学んでいますか?
それとも、三つ目のまんじゅうだけを食べようとしていますか?